気まぐれオルフェといなかの茶人
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七月のお茶 夏椿

今年は蒸し暑い日が続き長い梅雨となりました。お稽古場では毎年この時期に、立浪蒔絵を施した割蓋の大きな平水差しを使って涼を呼びます。花も清々しく夏椿を入れました。

 

夏椿

夏の花の中でも特に好きなものに夏椿があります。花期には次々と咲き続けますが、一日花なので日中可憐な花弁を開いたかと思うと、夜には地面に落ちて花弁も茶色く傷ついてしまう繊細な花です。お稽古に使うときには日中この花を入れても夜までもたないため、夕方からのお稽古の方には別の花を用意しておきます。普段はお勤め帰りで夜のお稽古にだけ来られる方が、たまに日中訪れると「この花素敵ですね。なんていう花ですか?」と必ず尋ねられるほど、可憐で美しい花です。

この木には別名があり、沙羅の木とも呼ばれています。もともと沙羅の木はインド北部の原産で、幹の高さは30メートルにもなるそうです。わが家にある木は、冬前に頑丈に雪囲いをしても屋根雪をおろす近くに植えてあるためか、3メートルに満たないほどです。茶花を採るには程よいところですが…。この違いは、インドでいわれている沙羅の木はフタバガキ科に属し、日本のツバキ科の夏椿とは属性が違う別の植物だからです。

沙羅双樹とは

日本では沙羅の木といえば夏椿のことを指します。そう、あの平家物語の冒頭で有名な「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色,盛者必衰の理をあらわす」に出てくる木のことで、名前の沙羅=梵語salaからきているとおり、仏教に深く関りがあります。

仏教においての三大聖木に「無憂樹(ムウジュ)」「菩提樹(ボダイジュ)」「沙羅の木(シャラノキ)」があります。「無憂樹」は、お釈迦様がこの木の下で生まれ、母子ともに健やかであったということから名付けられた樹。「菩提樹」は、お釈迦様がこの木の下で悟りを開いたとされています。

そして「沙羅の木」。「沙羅双樹」とも呼ばれます。お釈迦様が入滅される(お亡くなりになる)とき、その四方にこの木が二本ずつ植えられていたという伝説からこの名があります。入滅の間際まで良い香りのする淡い黄色い花が咲いていましたが、入滅後一旦枯れて、そして再び沙羅双樹はお釈迦様の死を悲しんで真っ白な花を次々と咲かせ、お釈迦様の上に舞い散り辺りをも覆い尽くしたということです。夏椿の清廉で儚げな花は、お釈迦様の死を悼む悲しみの涙だったのですね。

原産はインド北部でフタバガキ科の木と前述しましたが、日本には無いためその花の特徴をふまえて、古くから夏椿を沙羅双樹として寺院などに植えられてきました。わたしの住む勝山市の、国の名勝に指定されている平泉寺境内旧玄成院庭園にもこの木はあります。花期には美しい花が咲き継ぎ、戦国時代にこの地にあった栄枯盛衰を物語っているように思えます。

宗教って

国を問わずわたしたちの身の回りには、花だけでなく宗教に関わりのあるものが多くあります。過去の聖人たちの「貧困や疫病に苦しむ人々を何とか救いた、支えたい」という強い気持ちから悟りや英知を得て、宗教が生まれてきました。今、グローバル化が急激に進む中で起きている事象(十年に一度の割合で流行する未知の疫病の拡散や頻発する異常気象)は、わたしたちを不安にさせ生活様式を大きく変えさせました。このことは従来の宗教の復興もしくは新しい宗教の誕生、またはそれらに替わるものとしての思想の拡がりを予感させます。いつの時代も困難に立ち向かうとき、人々はメンタルをどう維持していくかを問われるからです。

時代とともにある茶の湯

室町時代、それまで貴族の遊戯であった茶の湯でしたが、村田珠光が亭主と客との精神交流を重視する茶会の在り方を説き、これがわび茶の源流となりました。その後武野紹鴎、千利休によって、わび茶が確立されます。以来430年、時代に合わせて多くの人々が茶の湯を学び、受け継いできました。無論お茶は大変贅沢なもので、昔はごく一部の人しか飲むことができなかったと思われますが…。明日をも知れぬ戦国の世の人たちは、どういう思いで一椀のお茶を口にしたのか。町人文化が華やかなとき、どのように茶会を楽しんだのか。明治、大正、昭和の戦時下、日用品の鍋釜の供出まであった時代に開かれていた密かな茶会とは。戦後婦女子の教育として一気に社会に広まった茶会の在り方とは…。時代の変化とともに茶の湯もまた多様な形で在り続けました。そのことは、400年以上受け継がれ支え続けてきた根底にあるメンタリティによるものなのでしょう。茶禅一味という言葉がそれを表しています。

そして、現在のwithコロナの時代。貴族や武士の社会でもなく、裕福な町人の遊びでもなく、教育などという上段に構えるものでもなく…。今こそ、するりと茶の湯を日々の生活に自然に取り込む時代がやって来たように思います。

『月刊 茶道雑誌』の今月号(2020年8月号)から「おうちでお茶を楽しむ」というシリーズが始まりました。わずかなページ数ですが、生活に寄り添ったお茶についてのヒントがいただけそうでとても楽しみにしています。

夏椿から随分と話がひろがってしまいましたが…。

花はただ愛でられるためにそこに入れられています。