気まぐれオルフェといなかの茶人
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暮らし・俳句のこと

俳句のこと:蛍の宿

わたしの住む町はこの季節(6月中旬から下旬)には、蛍が飛び交います。

福井県勝山市は県立恐竜博物館で全国的に有名になりましたが、実は蛍の里でもあります。市内を流れる川や用水路には多くの蛍が生息しており、町の人たちはこの季節をとても楽しみにしています。最近ではプロ、アマチュアを問わず多くのカメラマンがやって来て、明るいうちから川岸にカメラを立てて待ち構えているほどです。

そのため河原の葦などは、写真の様に蛍の季節が終わるまで刈らずにそのままにしておきます。わたしの家は小さな宿を営んでおり、この季節は蛍を観に来られるお客様もいらっしゃいます。時折近くの川から迷い蛍が訪ねて来ることもあり、誰もが優しく点滅するほのかな光にに癒されます。

20年前、夫とわたしは俳句を始めました。夫は「海程」に、わたしは「白露」という結社に入り、主宰をはじめ同門の先輩方の指導を受けました。それがご縁で数年後「海程」主宰の金子兜太先生が、わが家に泊まられました。ちょうど先生の好きな桐の咲く季節の終わり頃でしたが、夫が奥山ならまだ咲いているだろうと出掛けて行き、桐の木にのぼり枝をとってきて先生をお迎えしました。それまで高く咲いている様子しか知らなかったわたしは、桐の花の香りのあまりの気高さに驚いたことを憶えています。

その日は地元の「海程」の方も多く集まり大盛況で、俳句以外でも様々なことをお話しくださいました。

もちろん句会もあり、わたしも現代俳句のみなさんに交じって参加しました。わたしの入っている結社は伝統俳句が主流の結社ですので不安はありましたが、現代俳句という立場からご指導していただこうという気持ちで出句しました。

初夏の波黒松を濡らしけり みち恵

句会では意外なことに金子先生の選に入りました。日本人の物象観が表れているとのこと。選に入った喜びとともに、何気なく作っていたわたしにとって「物象観」という新たな課題が生まれました。この時「俳壇のトップで活躍している方々は、伝統俳句、現代俳句を問わず一句一句俳句の本質と向かい合うことを大切にしている」と感じました。でも、テレビなどで金子兜太先生と稲畑汀子先生が、伝統俳句だ、現代俳句だと丁々発止とやり合っているのはとても楽しかったですよね。そうしてお二人が中心となって俳壇を盛り上げていらしたのでしょう。のちに当時松山で制作していたNHK俳句王国という番組で、稲畑先生が主宰をされた時出演する機会がありました。その時も楽しいエピソードがありました。何かの折にまたお話しできたらと思います。

句会の翌朝、先生が短冊をもってくるようにと仰られ、書いてくださったのがこの短冊です。

『九頭竜上流青ふかまりて蛍の宿 兜太』

まだ、勝山市がそれほど蛍の保護活動を始めていなっかったころでしたが、それでも多くの蛍が飛び交い、中にはついー、ついーっと、わが家まで蛍が迷い込んで来るとお話したところいたく感心され、もっとたくさんの人に蛍を観に来てもらうようにと、短冊をくださいました。蛍の季節にはこの短冊をかざってお客様をお迎えしています。

金子先生の蛍の句といえばこれですよね。夫が「海程」の大会でいただいてきたものですが、力強い墨蹟によってワイルド感が増し、目を煌々と光らせて野を行くオオカミの姿が浮かんできます。孤高のオオカミと蛍との対比が素敵です。

金子兜太先生は2018年2月20日に逝かれました。さびしい限りです。先生が遺された素晴らしい作品の数々はこれからも多くの人に読み継がれていくことと思います。