気まぐれオルフェといなかの茶人
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お茶のこと

十月のお茶 名残の風炉

10月に入ると秋も深まりを見せ、朝晩は肌寒くなってきます。

名残の風炉

春から夏にかけてお客様から火が見えないように遠ざけて置いてあった風炉も、暖が欲しくなるこの頃には風炉を点前畳の中央に置きます。これを中置といいます。それまで客側に置いてあった水指も勝手付きに置き、少しでも温もりを感じてもらうようにとのもてなしの心遣いの設えとなります。

この季節のお茶を「名残の茶」といいます。昨年の初冬に使い始めた茶壷の茶が残り少なくなり、そのお茶をいただいて楽しかった一年をそしてこのひと時を惜しむという意味です。

「名残」とは

日常でもよく「名残惜しい」という言葉が使われます。楽しかった時間がもっと続けばよいのに…などの意味で使われ、ある事柄が過ぎ去った後の余韻や影響、または人との別れを惜しむ気持ちを表しています。

「名残」と書くと名前が残るという意味かと思われがちですが、実はこれは当て字で「余波(なみのこり)」が短縮し変化してできた言葉だそうです。波が打ち寄せたあとに残る海水や海藻を意味しています。それが現在のような使われ方になったのは、奈良時代以前からと考えられています。『万葉集』にもそのような使われ方でかかれているそうで、「切なさ」や「歓び」を「余波(なみのこり)」から転化させる日本人の感情表現の豊かさが感じられます。そして、その言葉が現在も私たちの生活の中で使われていることを、とてもうれしく思います。

「おもてなし」の言葉

日本の言葉には、大きくわけて漢語・外来語そして私たち日本人が古来より育んできた大和言葉の三つがあります。「名残惜し」も大和言葉の一つです。この大和言葉はお茶席に限らず普段の生活の中でも活きており、雰囲気をなごませ知的で優雅な余韻を残すことができます。できれば自然な流れで積極的に使っていきたいものですね。それにはまず声に出してみることです。そして大切なのはその言葉に相手を思いやる心をこめることです。

うちにお稽古に来られる方の中に、小学生の女の子がいます。「結構なお服加減でございました。」「どうぞお取り廻しくださいませ。」等々。最初、彼女にとっては呪文のように聞こえたことと思います(笑)。「真似をして声を出してくださいね。」と私が言うと、はじめはたどたどしく声を出しますが、慣れてくるととても早口で言い切るようになります。言葉が馴染んだら、そこから心を込めて言うことが大事なのですが…。思いをを言葉に込めるというのはなかなか難しいようです。繰り返し言いながら言葉を自分のものにしていくことが必要でしょう。

せっかくなので、お客様を迎えたときの大和言葉をいくつかあげてみましょう。

ようこそお運びくださいました…「おいでくださいました」「お越しくださいました」はわりと使われており、とても美しい挨拶です。が、もうひとつ「お運びくださいました」も使ってみてください。これはお客様がわざわざ足を運んできてくださったことに感謝する言葉です。とくに雨脚のわるい時や遠方から来てくださった方には、まさに心のこもった挨拶になるでしょう。

どうぞごゆるりと…リラックスしてお過ごしいただきたいとき、「ゆっくりと」「ゆったりと」という言葉があります。「ゆっくり」は時間を表し、「ゆったり」は空間を表しています。その二つを兼ね備えた言葉が「ごゆるりと」です。来られた方の心をほぐす素敵な言葉です。

ほんのお口汚しですが…この「お口汚し」という言葉を謙遜して「おいしくないもの」のことと思っている方が多いようですが、これは量に対する謙遜です。「ほんのわずかですが」「ほんの心ばかりですが」という意味になります。

他にもおもてなしの大和言葉はたくさんありますが、これらの言葉に心を込めるポイントは「ようこそ」「どうぞ」「ほんの」にあります。相手に押し付けるのではなく、優しく包み込むように使っていけたら良いですね。

「おもてなし」とは、コミュニケーションです。一方だけの思いでは成立しません。おもてなしを受ける方にも、心構えが必要です。その場を終えるのが名残惜しくなるほどの時間を作り上げることが、茶の湯で云うところの「一座建立」。お客様と心を通わせて豊かな時間を作り上げていきたいですね。